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「潔癖社会」純度上昇中【森博嗣】新連載「日常のフローチャート」第22回

森博嗣 新連載エッセィ「日常のフローチャート Daily Flowchart」連載第22回

 

【大きな矛盾の存在を許容できる?】

 

 僕は、そんな大勢を遠くから眺めているだけの老人である。個人的にはこれといって感情も湧かないし、この件に対して関心も意見も持っていない。迷惑な人って、昔から大勢いた。すぐ近くに、どこにでも、いっぱいいた。「困った人だな」とは思ったけれど、もしかしたら、向こうは僕のことを「困った奴だ」と見ているかもしれない。熊に出会ったときのように、静かに後退するのがよろしいだろう。

 その程度の客観視はできる人間である。というのも、いつも僕は少数派だったし、周りの多数派に眉を顰め、できる範囲の微々たる抵抗をしてきたものの、おそらく、周りは僕のことを鬱陶しい奴だと思っているだろう、と容易に想像がついた。

 そんなわけで、適当に適度に、ほのぼのと我慢して生きてきたから、最近になって取り上げられる「迷惑」の大半は、「今さら何を」と思ってしまうのだ。

 もちろん、許容できないほど酷い行為はあるから、そういったものは、冷静に話し合って、規制する方向で、法律なり条例なりを整えれば良い。一方、目くじらを立てなくても、と思えるようなものは、放っておけば良い。大勢が、「困ったものだ」を感じていることを伝える必要はない。なにしろ、そんなちょっとした悪事をしたい人間というのは、その大勢の目くじらを期待している。むしろ、無視されることを恐れているだろう。注目されないことが怖い。だから、無理をしてまで目立つことをやってしまうのだ。

 いずれにしても、清濁併せ呑むことを教えられた世代なので、少々の濁りは気にならない。ただ、だからといって、新世代の潔癖さを責めるのが筋違いだということは、重々承知している。

 そんな潔癖社会において、僕が心配するのは、細かい「迷惑」ではない。もっと大きな矛盾が前世紀からずっと残っているのだ。たとえば、広島や長崎で被爆した国民なのに、核兵器廃絶が進まない国際社会を許容できるのか? 憲法には陸海空軍その他の戦力を保持しないとあるのに自衛隊の存在を許容できるのか? 環境のために二酸化炭素の排出を抑えなければならないのに火力発電を許容できるのか?

 僕が書いているのは、核兵器や自衛隊や火力発電に反対しろ、という意味ではない。大いなる矛盾を解消しないのは何故なのか、という純粋な疑問である。清濁合わせ呑むにしても、この濁りはあまりに大きすぎて、喉につかえてしまうのでは?

 政治的に右とか左とかの話ではない。矛盾をそのままにしているうちは、潔癖でもクリーンでもない、と僕は感じる。

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◉老人になっても社会人である◉余計なものを持つことの価値

◉気持ちという質量◉「潔癖社会」純度上昇中◉ジェネラリストは存在しない?

◉どうなれば成功なのか?◉適度な自己中のすすめ◉アイデアを思いつける人

◉思いつきの手法◉新しい価値は無駄から生まれる◉頭は知識で肥満になる

◉楽しければそれで良いのか?◉効率か快適か、それが問題だ

◉自己利益が最重要な方針◉作るために必要なこと

◉一人でいることは、自由の象徴◉充実した人生に唯一必要なもの

◉AIが活躍する未来って?◉的確な質問をする能力

◉ネットのモラルはこれから◉フィクションを楽しむ条件

◉いつ死んでも良い生き方とは etc.

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森博嗣

もり ひろし

1957年愛知県生まれ。工学博士。某国立大学工学部建築学科で研究をするかたわら、1996年に『すべてがFになる』で第1回「メフィスト賞」を受賞し、衝撃の作家デビュー。怜悧で知的な作風で人気を博する。「S&Mシリーズ」「Vシリーズ」(ともに講談社文庫)などのミステリィのほか、「Wシリーズ」(講談社タイガ)や『スカイ・クロラ』(中公文庫)などのSF作品、また『The cream of the notes』シリーズ(講談社文庫)、『小説家という職業』(集英社新書)、『科学的とはどういう意味か』(新潮新書)、『孤独の価値』(幻冬舎新書)、『道なき未知』(小社刊)などのエッセィを多数刊行している。

 

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